(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その2):By志朗


電話で言われた通り、厳めしい大きな門扉の下にある潜り戸を押し開け、留四郎は邸内に入ったのだった。

そして、かまわず彼は、そのまま多くの巨木が生い茂る先に見える玄関へと歩を進めたのだった。

この時の留四郎が潜り戸から入って来る様子を遠くから察知していたのか、玄関ドアを開けて待っていてくれた、それはとても温和そうで上品な、しかもかなりの高齢でほっそりとした一人の男性が出迎えてくれたのだ。

で、早速留四郎は、訪問の趣旨と姓名を名乗ったのだ。この方が、もしかしたらこの館のご当主なのかも知れないなと、一瞬思ったのだった。

すると、
「さあ、どうぞ、どうぞ、ご遠慮なくお入りくださいまし」
と、それは丁寧な話し方で言われ、少々此方も恐縮して堅くなりながらも、その口調などからどうやらその人はご当主ではないのだなと、直ぐに理解できたのだった。

「では、失礼いたします」と、言って一歩玄関内に入ったのだが、それからはまさに驚きの連続だったのだ。

まず、その玄関アプローチ内の広さと言い、高い吹き抜け天井と言い、明るさと言い、その豪華さは、もう、それは「住まい」と言うより、むしろ「お城」と言った方が相応しいと思える程にさえ、正直なところその時、留四郎は感じたのだった。

留四郎は一瞬、あのおとぎ話のお城に紛れ込んだ「白雪姫」も斯く在りなんとも言う程の衝撃を受けたのだった。

その壁面の至るところに名画と思しき数々の作品が、これまた豪華な額縁に入れられて掛けられていたのだ。

その時の留四郎には、それはあたかも、美術館の一部のようにも感じられるほどだったのだ。

そして、辺りの眩いばかりの調度品などに眼を奪われていると、先程の執事と思しき白髪で痩せがたの、かなり高齢の男性が、
「ご主人さまは今少し別棟の方でお仕事に専念されておられまして、その間暫らく邸内をご案内致す様に指示されておりますゆえ、どうぞ、こちらへ」
と導かれ、その後、先ずは邸内をゆっくりと案内されたのだった。

吹き抜け天井は東西にそれぞれに配置されてあるそうなのだった。で、まずは東側の階段の手前には其処にも名画と思しき数々の作品が、これまた豪華な額縁に入れられてそれらの作品を、いやが上にも眩いばかりに引き立てていたのだった。

そして、重厚でどっしりと落ち着きのある、それはもう広々といた応接室を横に見ながらその脇の廊下を通り抜け、そのまま2階へと案内されたのだった。

老執事に従ってその吹き抜けの階段を上ると、そこには、これまた広々とした空間が広がっていたのだった。

ここが、当主の事務室兼居室らしかったのだが、その時当主は偶々裏手の別邸に行っていて此処には不在の由だった。

で、奥の方に見える大型の額縁内の何点かの油彩の絵画は、とても世界的にも有名な画家によるものだとか、執事から説明を受けたのだった。

そして、そのすぐ前が当主の寝室だとか説明を受けたのだが、チラッとみると、如何にも豪華そうなダブルベットの先には、広々としたテラスが緑の植樹と共に眼に映ったのだった。
こんなベッドに一度でいいから寝てみたいなあっと、ふと、留四郎その時思ったのだったが、それがまさか現実となることなどとは神のみぞ知る由もなかったのだった。

ただ、執事さんの説明では、当主は「その時」次第で、ベッドルームを適宜変更するとの意外な事を聞かされたのだった。
その意味が、いま一つ理解のできないその当時の留四郎だったのだ。

「その時」というのは、どんな時なのかに関することは、いずれ判明する事になろうとは、露ほども知る由も無かったその節の留四郎だったのだ。

そしてそのあと、一旦廊に出てベランダに案内されたのだった。

其処はまた、広々としたウッドデッキの先には、こんもりと茂った森が目に飛び込んで来たのだった。

そして、その時留四郎がつい、感嘆して、
「わ~!すっごく気持ちいいですね~!」

と言って、思わず深呼吸したのだった。

すると、すかさず、案内をしてくれていたその老執事が、
「ビキニスタイル、いや、素っ裸で日光浴をしても、何処からでも見られるような心配はまったく無いですよ!」
って、なにやら意味ありげにニヤニヤしながら言ったのだった。

でも、その言葉の意味が、その時はちょっと理解出来なかったのだった。

初めての訪問者に、いきなりそんな風に話しかけるとは・・

これって、後になってから、思いだすと、やっぱりそれなりの意味があったのだと、ふと、思い出す事になろうなどとは、その時には全く以って何も知る由もなかったのだ。

そして、デッキから戻ると、廊下を挟んでしゃれた洗面化粧室があった。

つづいて豪華なバスルームが眼に飛び込んで来たのだった。

こんな近代的なバスルームが、その当時我が国に存在するなんて殆んど考えられないものだったのだ。

小・中学校時代以降は映画など殆んど見なかったが、この時それはまるで、アメリカ映画の一シーンを見ているような気分にもなった留四郎なのだった。

此処のご主人って言う方は、なんと贅沢で、そして豊かな生活を送っているのだろう!と、正に驚嘆した留四郎なのだった。

同じ人間で、しかも敗戦国の日本人なのに、どうしてこうも不公平な現象が存在するものなのかと、このときは痛切に感じた留四郎なのだった。

でも、これらは後になってから思い出すのだが、その当時はまだまだウブな留四郎には理解の範疇を遥かに超えた現象が、いま、まさに眼の前に次々と繰り広げられつつあったのだった。

そしてこの後、またもや留四郎は広大なベッドルームに案内されたのだった。

勿論、これもダブルベッドのようだったが、コーナーに位置しているせいか、それは「すッごく」明るくて、部屋の周囲や、更には天井にまでミラーのような物がはめ込まれていたし、窓も大きくベッドを取り巻く様に広がっていたのだった。

それはまるで、ベッドを中心にその周りを追い駆けっこでも出来そうな、それは、奇妙な設定だったのだ。
そして、この『ミラールーム』こそが、後々この物語のメインテーマの部屋になろうなどとは、露ほども知る由もない留四郎だったのだ。

こうししてそれから30分ほど、留四郎はいろいろと説明を聞きながら、その老執事に邸内をごく大雑把ながら案内され、一巡したのだった。

しかし、まだまだ、留四郎にとっては、邸内のその総てを観察するのには全く以って不十分でもあったのだった。

ただ、その老執事にいろいろと案内をされながら、当時の一般家庭の粗末な住宅から余りにかけ離れた、そのまるでお城の様な豪華な部屋々に、つい

「大変ご立派なお住まいなのですね」

と話しかけ続けるのが精いっぱいの、当時のウブな留四郎だったのだ。

すると、

「ハイ、左様でございますね、当家のご主人さまは遠く明治の初めに溯りまして、旧財閥家の分家の末叡なので御座いますよ」

という返事を受けたのだ。
留四郎とて、受験勉強などで余り時間が取れなかったが、時間の許す範囲で結構図書館にも通ったし、そう言った歴史的な我が国の流れ等には大変興味を持って読書もしていたのだった。

そして続いて、

「ご主人さまが、あなた様をご採用になられましたあかつきには、何れご主人さまから、お仕事に関するお話や、当家に関しましてのお話も、きっとなされますことで御座いましょう」

と、いうことだった。

そのあと、二人は反対側の階段から一階に下りたのだった。其処も、又もや吹き抜け天井となっており、此処にはポール・セザンヌ作の『リンゴとオレンジ』だという名画と思しき油絵が、これまた豪華な額縁の中に収まっていたのだった。

それでも、現実にはそれが果たして本物かどうか等と見分ける程の才覚も当時の留四郎にはなかったし、本物と言われるとその気にもなる程度ではあったのだった。

もちろん、当時の留四郎には、その実物を見る事はなかったけれど、それでも、高校時代は偶々絵が好きで絵画部に属していたので、書物を通しての知識はあったのだった。

しかし、まさかその実物を、いまここで拝見する等とは夢にも思わなかったのだった。

こうして、ごく大雑把ながら、一通り邸内をその執事に案内された後、コーヒーと素敵なケーキをご馳走になったのだった。

それから暫らくして、いよいよこの邸宅の当主に会う事になったのだ。

留四郎が豪華な応接室に案内されてしばらくすると、当家の主が無造作に室内に入って来たのだった。
一見したところ、その男性はごく庶民っぽいラフなスタイルの中年男性という印象を、留四郎は受けたのだった。

これだけの超豪邸の当主とは、留四郎にはちょっと想像もつかないほど、それはかけ離れた気安さをも抱かされるほどだったのだ。

むしろ、その人は、あの、執事とはまったく正反対の庶民的なイメージそのものだったのだ。

その当主が室内に入って来ての第一声は、
「やあやあ、ようこそお出でになった、ですねぇ」

と、如何にもフランクで打ちとけた挨拶だったのだ。

留四郎は、椅子からバネ仕掛けの人形のように、直立姿勢で起立して、
「あ、は、ハイ!」
「は、はじめまして、私は・・」
と、緊張した面持ちで姓名を名乗ったのだった。

その後、いろいろと留四郎自身の現状に関することを問われたり、将来の希望なども訊ねられたりしたのだった。

で、一通りの会話が途絶えたところで、仮に此処に就職したとしても、大学生活の維持は難しいので思い切って学業の継続をこの際諦めるしかないのかもと・・密かに覚悟をしたのだった。

でも、大雑把に留四郎の担当する業務内容の説明を伺った後、今度は留四郎自身の現況の件に就いて話し始めたら、意外な言葉が彼の口をついて出て来たのだった。
「あ、そう、いま大学3年なのなら、あともうすぐ社会人になるのだし、いっそのこと此処から通学したらいいのじゃあないのかね」と・・

留四郎はもう、当主のこの一言でいっぺんに舞い上がってしまったのだった。

それって、本当に信じられない、正に晴天から降って来た様な途轍もないほどに有り難い一言だったからだ。

アルバイトしながら授業料も払わなければならないし、間借り料やら三食の事もあったし、そんなこと、実際にあり得ないほど有り難いお話でもあったからなのだ。

ところが幸いなことに、面接した時点では採用者は未だ決まっていない由だったのだが、仕事の内容に関しては、その時点ではそれ程詳細な話は無かったのだ。

ま、言ってみれば画商の秘書兼、雑用係っていう按配らしかったのだが、住まいも提供するからとも言われて、ま、住み込みで働くと言うのも、この際止むを得ないことだし、部屋代も助かるのだから、とその時は随分と嬉しくそして有り難く思ったのだった。

それに、昼間の仕事も有るけど、むしろ『夕方から夜間や深夜作業』もあるので、大学に通うのは一向に構わないから、とも、有り難い言葉を聞かされたのだった。

当時、留四郎は部屋代さえ払えないので、アルバイト先の二階の物置にしている窓も無い屋根裏部屋を一時借りていたのだった。

そのうえ留四郎にとっては、食事代も、更には授業料すらも払えない苦学生が、生活するのには余りにも過酷な現実だった。

兎にも角にも、取り敢えず学業は一旦脇に置いといて、生きていかなければならないというのが偽らざる現実だったのだ。

で、二、三日後にもう一度連絡して下さいと言われ、その日は一旦帰宅したのだった。
そして少し早めにと思って、それから二日後に、それは祈る思いで再度公衆電話のダイアルを回したのだった。

すると、今度は直接当主の声がして、

「実は当方、ここ数日は仕事が多忙で連絡が遅れて悪かったが、で、今回の助手採用の件はいろいろと検討した結果、取り敢えずは君を助手として採用するので、もしよかったら、今日これからでもかまわないのでお出でください」

という、思いもよらない有り難い言葉を聞く事になったのだ。

その時の嬉しさといったら、とても紙筆では言い表せられない程の喜びで、思わず「よかった~!」と、正に跳び上がらんばかりの、幸福感に満ち溢れたその時の留四郎だったのだ。

そして、いよいよこの物語は始まったのだ。

つづく

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( 志朗さんの了解を得て(ゲイの老け専出会い)「お爺さんの玉袋」に掲載されたものを転載させて頂いています。但し、原作には多くの写真が掲載されていますが、公開を控えた方が良いと判断し、転載しませんでした。)

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・「(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その3)」:乞うご期待。

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(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その2):By志朗 への3件のフィードバック

  1. 癒し より:

    申し訳ありません、どのような段取りになっているのかよく解りません

    • 管理人 より:

      癒しさん

      コメントの投稿ありがとうございます。投稿は管理人が承認しないと後悔されません。スパムやブログ荒らしを防ぐためです。お仲間からの投稿は、原則承認し、公開するようにしています。
      但し、投稿から公開まで、多少時間差が生じてしまします。

      今後とも、宜しくお願い致します。

      管理人

  2. 癒し より:

    好奇心が抑えられずにコメント欄にチェックを入れました。年を重ねてもまだまだ抑えられないもので、いつも冷や汗ものです。

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