(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その4):By志朗


留四郎の春(その4)

さて、引っ越し作業も済んで、ほっと一息して再び本館に戻ったころ、その女性調理師が案内してくれたのは、それはどっしりとした風格があり、しかも広々とした縁側もある、大凡十二畳程は有ろうかと思われる広々とした和室だった。

もうその頃は、夕暮れに近かったので、既に室内の柔らかい照明も点燈してあり、とても家庭的な雰囲気が心地よかったのを、今でも時々思い出す留四郎だった。

そして、当主・田口由蔵と老執事は既に本館へ帰宅していたのだが、執事だけは留四郎と入れ替えに、先に夕食も済んだので既に旧館二階の彼自身の居室に戻っていたのだった。

そのあと、彼女は、
「本日はご夕食も用意するよう仰せつかっております故、どうぞ、ごゆっくりとお過ごしになってくださいまし」
と言いながら、さがっていったのだ。

彼女が部屋を出てから間も無くして、当主と思しき男性の足音が廊下伝いに伝わってきた。
そして、部屋の前で足音が止まると、すっと襖が開き、其処に現われたのは二日前にお会いした、やや小太りながらも逞しい体つきで笑顔の優しい、まさに当主・田口由蔵その人だった。

「やあ、やあ、今日おいでになる予定だったのだなあ」と、言いながら、満面の笑みをたたえながらその手を差し出して、握手を求めてきたのだ。
その言葉に慌てて、咄嗟に右手を差し出した留四郎だった。

と、その手をしっかりと握ったまま、当主の田口由蔵は、
「で、引っ越しの荷物は、もう、運び終えたのかね?」
と、優しく尋ねてくれたのだった。

「は、ハイ、お蔭さまで、大きなものと言えばデスクぐらいですし、それも余りに古いので処分して来ました。後は、大学の受講関連の書物やノート等の文具類と寝具などだけですので、運送会社に依頼いたしました。」

その時は、一瞬胸がいっぱいになり、どうしようかと赤面しながらも、精いっぱいの笑顔でもって、その場に立ちあがって最敬礼をし、当主が差し出したその意外とがっしりとした感じの右手に添える様に、おずおずと己が右手を差し出した留四郎なのだった。

それまでの留四郎はと言えば、初対面の人の手を握るとか、握手したなどはまったく無かったし、ましてや年上の男性と握手するなど思いもよらないことだったのだ。

「この度・・、わ、わたしは・・お、お蔭さまで・・」と、どもりながら、なんとか御礼の言葉を述べることができたのだった。

その時の田口由蔵の手の暖かかったこと!
そして、その手を私の手から一向に離そうともせず、そのままの握った状態で、しきりと話しかけてきたのだ。

ところが、突然由蔵の口から、「今日、これからパリに旅立つ予定になっているので、暫らくは留守にすることになるから、以後の詳細は執事から聞いてもらいたいのだが・・」という、事だったのだ。

由蔵は如何にも残念そうな趣だったのだが、握っていた手をそのまま離そうともせず、それから更に数分間も握ったままだったのだ。

終には汗ばむぐらいだったのだが、初対面なのに如何にも名残惜しそうな風情なのが、留四郎自身にはこの時ふと不思議に思えたのだった。

で、このとき由蔵は、一冊の絵画に関する参考書を差し出して、「学業で忙しいとは思うが、是非一度じっくりと読んでみなさい」と言って、それを留四郎に手渡したのだった。

以下に、それを要約したものが、その主だった内容なのだ。

★ヨーロッパ諸国と日本の絵画事情★

ヨーロッパの油絵は質量ともに世界最高水準で他の追随をゆるしません。
国内画家は実力派の優れた方ばかりで経歴も申し分のない方ばかりです。

絵画は購入後さらに飾りたくなるようなレベルのものでないと商品価値がありません。

この水準の画家はおそらく国内には現時点で1万人程度しかいません。普及が進んでくると販売可能の国内画家は飛躍的に増加するでしょう。

国内では絵画販売店が非常に少なく、この本をお読みの皆さんのご近所で絵の販売店がある方は殆んどおられないでしょう。
都心でも常設の絵画販売店はあまりありません。

ひとりでも多くの方々に実際に自宅などに絵を飾っていただくことで絵画が徐々に普及していきます。
ご近所などで画家や、お店などで気に入られた作品があればぜひ購入してみてください。

日本の画家の置かれている事情は現況、劣悪の一語につきます。画家になっても絵画の流通機能が国内にはほとんどないに等しいため、画家自身セールスマンをしなくてはなりません。
例えば小説家が自分の本を一人一人に売り歩くようなものです。
書店がなければそういうことになります。アメリカなどでは人口2万人程度で画廊一軒が成り立つのとは雲泥の差があります。

アメリカは欧州から絵画を毎年たくさん輸入しています。日本でも絵画を購入する習慣が諸外国並みになってくれば多くの国内画家たちが喜ぶでしょう。

ご自分の家に一点あるいは何点かの肉筆絵画を数ヶ月もお飾りになれば短期間に絵画がどのようなものか大体わかってきます。
観ているといろいろな感情が出てきますから大体良いものかどうか、あるいは好みにあっているかどうか、この場所にあっているか、高さはどうか、さまざまなことを経験することでしょう。

いろいろ体験することで自分自身の絵画に対する判断力が出来てきます。肉筆絵画は見た目のよさが命ですので、なれてくると良し悪しが判るようになります。

例えば日本の着物や、あるいは洋服などでいえば、その生地がよいかどうかとか、あるいは仕立てがよいかどうかは修練を積めば容易に判別できるのと同じです。
おそらくいく着物の本を読んだだけではむりでしょう。

経験は物事に熟達する重要な要素です。絵画を例に取れば絵画を飾ることが経験に相当します。

絵に慣れてから美術館などで絵を鑑賞なさると違った次元が見えてくるかもしれません。

名画といってもいろいろあり、できの良いもの、さほどではないものなどに自分なりの判断を、自信をもって観賞することができます。

何か珍しいものを見物に行くのではなくて、本当の意味で絵を見ることが出来るでしょう。

世界の絵画の普及プロセスは実際に絵をかざってそれに馴れ親しみつつそれに伴って美術館もできてきました。

油絵の判断基準は見栄えです。見栄えとは絵を見たときに生じる気持ち、感情です。

絵画は縁遠いものと思われている方もいるでしょう。絵は世の中で本来最もわかりやすいもののひとつです。

すべてがキャンバス上に表現され曝け出されています。それ以外隠されているものは何もありません。

顕微鏡で調べるとか、エックス線で絵画の価値を調査するということもありません。すべて目で見るのみです。

目で見るといっても漠然と電車の窓から外を眺めるのとは違います。集中力をもって頭の中をフル活動させて絵画を判断しようとしているので、科学的天文学的数学の計算力を駆使しても及ばない分野だと思います。

絵画の入り口はとても広いものですが、奥行きには際限がありません。
絵を購入する時は、絵をよく見ることにほとんどの時間を費やします。

とりあえず画家の経歴とか、絵画にどのような意味合いがあるとかは関係がありません。
見栄えの究極的に良いものが、名画といわれる巨匠達の絵画です。

名画といわれる絵画には絵にまつわるエピソードなどがよく語られますが、絵画が高品質であるという前提の基に成り立つものです。見栄えがすべてということなのです。

見栄えという言葉はちょっと軽い感じがしますが他に一言で言い表す言葉が見当たりません。
画家の心持ち、絵の質感などすべてが見栄えという言葉に凝縮されています。

皆様が絵を御覧になってあまり心が動かないときは絵が良くないか好きな絵ではないかのどちらかです。

ご自分の好みの種類のものは、殆んどプロと同じような見方をされます。

いずれ近い将来、ヨーロッパでは絵の値段が相当上昇すると思われます。
欧州は絵画の普及率はきわめて高く1世帯あたり数十点を優に超えています。

わが国内では肉筆絵画の普及率は1世帯当たり1点に及んでいません。普及率は世界的に見ても低く、中南米、その他の中進国よりも低いのが現状です。

欧州は毎年膨大な数の絵画が動き芸術関連(絵画、演劇、音楽等)の年間総売上高は基幹産業を上回るほどです。
絵画の普及率が高い国ほど、絵画が良く売れるという事実は、絵画の特徴を表しています。

テレビ、車などを更にどんどん増やす人はあまりいません。
絵画は飽和状態がなく所有している人ほどさらに購入する傾向にあります。

油絵は一度購入すると数百年以上の耐久性があります。全世界で欧州の油絵は愛好されています。

日本ではまだ絵画の普及が遅れていますが、その一番の理由は馴染みがないのと、価格が高いものという先入観があるためでしょう。

ヨーロッパで絵画が普及している理由は物心ついたとき既に身の回りに絵がたくさん飾られています。

これは、貧富の差がなく数はかなり所有しております。経済力に応じたものを購入するということでしょう。

日本ではそういう環境にありません。絵画を購入する最初のきっかけは、家を新築したからというケースが圧倒的に多いようです。

また、最近では贈り物に用いるケースが増えてきています。一度購入するとほとんどの人がリピーターになるから、日本人は本質的には絵が好きです。

ひとたび絵画に関する習慣が出来ると、とても凝る傾向があり、よりいいものを、求めるようになる人々が多いようです。

もともと我が国では侘びさびや、江戸時代の浮世絵の伝統などもあり、鑑識眼そのものは高いものがあるのです。

先ず、はじめに、其処へ絵を飾れば、ほとんどの日本人は絵画のファンになるでしょう。
つづく

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( 志朗さんの了解を得て(ゲイの老け専出会い)「お爺さんの玉袋」に掲載されたものを転載させて頂いています。但し、原作には多くの写真が掲載されていますが、公開を控えた方が良いと判断し、転載しませんでした。)

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