(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その6):By志朗


これがきっかけで、以後、留四郎と当主・由蔵は、こうして何時の間にか二人はもう、切っても切れない程の深い仲となってしまったのだった。

もっとも、未だこの時には、思っても居なかったハプニングが偶然発生したくらいにしか思ってはいなかったのだが・・

出会った当初は、ガリガリに痩せ細っていた留四郎だったのだ。

だが、しかし、その後ごく短期間の間に、何とも驚くほどのスピードで、それはもう、雇主・田口由蔵の思惑どおり、いや、それを遥かに超えた速さで、まさにその由蔵が望んだ理想像の体型そのものに、留四郎が到達していたのだったのだ。

その時の由蔵の喜びようといったら、もう、到底試筆には著わせられない程のものだったのだ。

帰国した際には、余りの己の望み通りの留四郎の激太り、いや理想像ともいえるその肉付きのよさに、それはもう正に、天にも昇る程の幸福感と満足感で、すっかり有頂天となってしまった当主・由蔵なのだった。

それ故、ヨーロッパへ旅立つ前に、くれぐれも留四郎の栄養面での配慮をするよう女性調理師に指示していたのだった。

そして、留四郎は、あれから毎日のようにハイカロリーの肉食中心の贅沢な料理を、それはもう満腹するまで平らげるにつれ、何時の間にか、当主・由蔵好みのまるまると太りに太り捲くってくれたのだった。

二段腹、いや三段腹ともなり、その後はあっと言う間に中年太りにも決して勝るとも劣らぬ程の、もう、完全に、当主・由蔵好みの体型へと激変してしまったのだった。

その腹部の大きな凹凸の段々畑ならぬ脂肪の塊を、如何にも満足げに下から上へ、そして上から下へと撫で上げたり撫で下ろしたり、また時にはその脂肪の畝を揉んでみたりと、それは、いくらやってもやり飽きない程にまで撫で捲くった当主・由蔵なのだったのだ。

一方留四郎としても、こうして、その夜毎の彼からの愛撫に応えようと、益々食欲旺盛なハイカロリー食を平らげるにつれ、それはもう、まるまると太りに太り捲くった、まるで白い「ブタ」のようになってしまったのだった。

すると、そのような肥りに肥り捲くった留四郎の事を、面白がって当主の由蔵は、「白豚ちゃん!」とか、「わしの可愛い白豚ちゃん!」などと呼ぶこともしばしばだったのだ。

それを聞いた当初の留四郎は、余りいい気分はしなかったのだが、それでも慣れるにつれ、由蔵に愛されている自分だからこそそう呼ばれるのだと気付いた時点で、もう、すっかり何も違和感など消え失せてしまっていたのだった。

いや、むしろ、そう呼ばれる時の方が、それだけ当主・由蔵からの愛情を肌で感じ取れる程にまでにもなっていたのだった。

それ以後は、そういった留四郎のカラダを見た彼は、もう、大満足で、益々二人のセックスライフは日々最高潮に盛り上がり、時にはマッ昼間から、二人はベッドルームに籠りっきりとなることすら、しばしばあったのだった。

そして、ちょうどその頃、彼は高価な米国製の最新型総天然色カラー8ミリフィルム式ムービーカメラを、試しに2台購入したのだ。

ところそれが大変具合がいいので、更にその後、一挙に5台も追加購入して、合計7台ものムービーカメラで二人の愛欲映像をあらゆる角度から同時に撮りに撮り捲くったのだった。

で、その節の映像から、後年静止画をピックアップして、この物語に利用することになったのだ。

その頃は、秘書や運転手や料理人、それと身の回りの世話をする女中さんや掃除人や庭師などなど、誰が居ても居なくても、一切関係なしっていう按配にまでなってしまったのだ。

留四郎の居住している先祖伝来の頑丈な和風建築の離れは勿論のこと、新築後間もない本館二階のリビングや二室あるベッドルームにも誰も指示が無い限りは一切上がってこない様指示したのだった。

更にまた、当主の彼が呼び鈴を押さない限りは勝手に連絡もしてこない様に、厳命していたのだった。

こういった環境の整備も整ったので、益々二人の愛欲三昧への炎が燃え盛り、昼夜を問わずいつでも『繋がリッ放し』という状態にあったのだ。

従って、画家や画商としての本来の仕事も殆んど放ったらかしのていたらくとなってしまったのだ。

それこそ、もう身も心も共に肉欲の霊神に取り憑かれたかのように、まさに明けても暮れてもセックス、セックス、セックスと、まさに没入し切って仕舞っていたのだった。

もう、それ以外には食べて、飲んで、寝るだけの、完全に忘我の境地に浸りっ放しとなった二人だったのだ。

なお、それでも当主・由蔵にとっては、何の問題も発生しないのは、現実には、彼の仕事は生活の手段とは一切まったく無関係とも言える程だったのだ。

ま、それは言ってみれば単なる趣味としての画家であり、かつ画商でも有ったに過ぎなかったからなのだ。

当家の資産はと言えば、お抱え経理しによると、当時の金額にして、およそ数十億円、いや更に一桁か二桁上の数百、数千億円かもしれないとのことだったのだ。

現実の由蔵自身の意識の中では、もうそんなことは総て一切どうでもよかった事に過ぎなかったのだ。

そして今や、田口由蔵という彼自身の目指すものは、目下それまでの人生の中で最も充実した生き甲斐をその全身で感じ捲っている最中と言うことそのものでもあったのだ。

更にはまた、こうして人生の最大目標となった留四郎との愛欲三昧の、それはもう、この世の超楽園とも言える二人だけの肉欲三昧状態の毎日を過ごすことこそが、最重要課題ともなってしまっていたのだった。

その為なら生命財産など一切合載総てを投げ出しても、決して惜しむ事はないという程までに、それはもう深く思い込んでいた程だったのだ。

こう言った熱烈なる愛欲生活に、それ以後の全生活を全うしたいと熱望した彼は、彼自身がこの幸せいっぱいの現在の生活環境を、未来永劫に維持したいと願って止まなかったのだった。

そして、そう言った願いを実現させる為、当主・由蔵は、ふと、ある思いを抱く様になったのだ。その思いとは、我が国の法律では、男女間のみでしか婚姻制度がない二人の関係を、終生遂げる為の手段をいろいろと考慮していたらしかったのだ。

そこで、それから間もなくして、当主・田口由蔵は留四郎との二人の家庭の永遠の現状を維持する為の、或る事を思いつき、それに関して由蔵の古い友人でもある、法律事務所の顧問弁護士に相談したら、アドバイスがあったのだった。

それは、実の親子関係ではない当主・田口由蔵と、その彼が溺愛する留四郎とが、実の親子関係と同様の関係になる、いわゆる法定血族関係とも言える、「養子縁組制度」の活用に思い至ったのだった。

仮に、この養親の由蔵自身が死亡すれば、実子と同じように養子にも相続権が発生する養子縁組制度を利用して、留四郎を終生側に置いて置きたいと願ったのだ。

この件に関して、当主・由蔵の顧問弁護士によると、法的な親子関係を成立させるためには、由蔵と留四郎の二人が「養子縁組届」をすれば至って簡単なことだとも言われたのだった。

二人の法的な関係は、養子縁組によって成立した「親を養親(ようしん)」、そして「子を養子(ようし)」ということになるのだとも、説明されたのだった。

それ故、仮に養親が死亡すれば、実子と同じように養子にも相続権が発生する訳だとのことだったのだ。

で、それは或る日のことだった。当主・由蔵がいよいよ濃厚なるキスを始めたので、留四郎はそろそろ何時ものパターンで愛欲三昧を大いに楽しませて貰えるかと思ったその時、突然その話を当主・由蔵本人から直接聞かされた留四郎だったのだ。

そのあまりの彼の優しさと、そして思いやりの深さと、更にはその背後にある愛情の深さに、実に感動して、思わず嬉し泣きに泣きじゃくってしまった留四郎なのだった。

勿論、この有り難いお話は、後日、留四郎の実母にも当主・由蔵自身からも話してくれたし、実母もそれは大歓迎と大変喜んだのは当然のことだった。  ・・・     つづく

*************************************************************************************

( 志朗さんの了解を得て(ゲイの老け専出会い)「お爺さんの玉袋」に掲載されたものを転載させて頂いています。)

・「志朗のエロエロ話(By志朗)」に戻る。

・「(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その5)」に戻る

・「(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その7)」に進む。

・「(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その6)」:に進む。

*「お仲間の作品・投稿」に戻る。

カテゴリー: 志朗のエロエロ話, 作者:志朗 パーマリンク

以下にコメント・投稿を記入下さい。お名前は必ず記入下さい(匿名可)。メール情報(非公開)は必須ではありません。既コメントに対しては、当該コメント下部の返信をクリックし、記入下さい。

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中