(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その13)


で、それは、まったく当主・由蔵の勘こそが、ズバリ的中したのだったのだ。

当主・由蔵がそれまで扱きに扱き捲くって居た、その留四郎の超勃起状態のチンポが、今やもう、何もせずとも、超勃起状態で自立した状態なのにもかかわらず、盛んに上下、そして更には左右へと、大きくユラ~リ、ユラリっと揺れ動きだしたではありませんか!

そして、また、時には細かくヒクヒクと、それは恰ももう、快感の嵐に揉まれに揉まれ捲って、今にも絶頂へと上り詰めるかの様な感すらあったのだ。
そこで、すかさず当主・由蔵の鋭い直感のスイッチが入ったのだ。

今や、もう、これ以上の如何なる弱小の刺激とて、絶対に留四郎に対して加えてはならないと言うことを・・

この様な、性戯の大先輩中の先輩でもあるが故に当主・由蔵は、それはもう留四郎への長時間に渡ってのあらゆる愛撫の限りを尽くし捲くり続けるのだった。

で、片や我が留四郎には、当主・由蔵による極楽三昧の性欲の嵐にも耐えに耐え、例え僅かな苦痛が有ろうとも、その往きつく先には超快楽中の快楽の大団円が待っているのだ。

それはもう、並大抵の快楽など足元にも遠く及ばぬ程の、超快楽中の快楽の嵐が、必ずや間もなく、この二人の全身を貫くという信念にも似た直感が、作動していたからに他ならないのだったのだ。

さて、このような快楽三昧中にも拘わらず、この道の超ベテランと自他ともに許す、当主・由蔵は着実に次なる行動を採ったのだった。

それは、今やもう既に、留四郎のその一大興奮状態を如実に具現している、その超勃起状態のまんま、前後左右へとユラ~り、ユラり、と暴れ捲っているその超勃起状態のチンポを、更に、まったく自由奔放な状態へと解放することに決断を下した、当主・由蔵だったのだ。

で、その純白の越中褌の紐を、そっと留四郎の脚から脱がせ、それまでの窮屈な体型を、今や完全に一糸まとわぬ生まれたままの状態へと、留四郎の下半身を解放し、導いた当主・由蔵なのだったのだ。

さて、そこで、その有様を上から見下ろしていた当主・由蔵の両の手が、空かさず待ちかねた様子で、すぐさま次なる活動を始めたのだ。

で、当主・由蔵はその左手を、留四郎の上体へと這わせながらも、その右手は超勃起状態のチンポの根元付近から玉袋を包むようにピッタリとあてがったのだ。

すると次の瞬間、留四郎の全身が、びくびくビクッと、それはまるで電撃に打たれたかのように、激しくその身を打ち震えさせるや、
『あ、アッ、ア~ッ!』
『そ、ソ、ソ、そこは~ だ、ダメ~!!』
『そこは~ ダッ ダ ダメ~!! だョ~ン!!』
と叫ぶや、己がその超勃起チンポが、超限界に達し、今にもあの超興奮時に突如として己がザーメンの噴出するのを、抑えようとして、それはもう、必死な思いで叫んだのだ。

そして、それとほとんど同時に、次の瞬間、留四郎の手が、当主・由蔵の執拗に扱き捲くっていたその手を払い除けたのだ!

これは、もう、中年とはいえ、当主由蔵に比べればまだまだ短時間で超快楽の頂点に達し、射精という現象が発生すればその瞬間で、「一巻の終わり」という自己防衛が働いたからだったのだ。

で、その有り様を、流石は瞬時に悟った当主・由蔵だったのだ。そして、その我が留四郎の必死の叫びに応じて、その扱きの手を緩めたのだ。

そして次には、留四郎のそのやや肥満気味な体躯に影響されたかのように、最近では、一気にその逞しさを増しつつあったその太棹チンポの根元付近を、しっかとばかりにその右手で握って来た、当主・由蔵だったのだ。

なお、その後、当主・由蔵のその右指の動きが、留四郎の超勃起状態の太棹チンポの根元辺りから、その中程までへと、次第に移動していくのだった。

それは、もう、ソフトながらも、如何にも愛おしそうに、ゆっくりと、そして、更には、まったりと扱き始めた、当主・由蔵のそれは正に熟練工の如き右手指先ではあったのだ。

そして次第々と、そう、留四郎の、今やその全身をくすぐられ捲る様な、もう、どうにも我慢の出来なくなりそうな・・
そう、まさにそうなのです!

今や、まさにその超快楽状態が更なる一段と高身へと誘われる限界が、いつ訪れるやらと、それはもう嬉しくって、嬉しくって、もう、それは堪らないほどの高揚感に陥った我が留四郎だったのだ。

だが、その一方では、今にも我が身の噴火が、いやいや、ひょっとしたらひょっとして、一大噴火が始まってしまったら、もう、総てはその瞬間で、この快楽三昧が『一巻のフィナーレ』となり、ご破算になるやも知れぬという、不安な思いがよぎるのだった。

この、不安も不安の大不安が、留四郎の、そう、当主・由蔵より若いが故の「我慢」と言う二文字が、何時、何処で、どのようにして爆発し、一大噴火に到達して仕舞うのかと、わが身の事ながら、今回も不安感に苛まされる留四郎ではあったのだった。

その何よりの証拠には、その留四郎の不安そうな表情と共に、当主・由蔵が、わが留四郎の超勃起状態のイチモツを扱き捲くっている、その左腕辺りをわが留四郎のその右手がそっと抑え気味に握っているのでも、十二分に理解できるというものだろう。

で、 この様な状態は、我が留四郎に限らず、既に中年の域に達しているとはいえ、そしてセックス経験が当主・由蔵より浅ければ浅い程、とても困難を伴う、言ってみれば忍耐に次ぐ忍耐を要求される、それはとても辛い試練とも言えるものだったに相違ない。

この道の超・上級者でも御座いましょう、読者諸賢の皆々様におかれましても、それなりに厳しさの中でもいろいろと楽しみでもあった青・壮年時代を、今やきっと思い浮かべられていらっしゃることで御座いましょう。

ただ、そう言った観点からも、我が留四郎の場合には、男として一応成熟はしていても、この道の奥深い性戯というものには、取り敢えずは初心者マークだけは取れてはいても、まだまだ当主・由蔵に言わせれば、所詮は未熟者の領域を彷徨っている「若輩者」のひとりに過ぎなかったのでありましょう。

それ故、留四郎の神経は、常にただ一点の、そう、過剰なる性戯への己の『耐性』にこそ、かかっていたと言っても決して過言ではなかったのでした。

それこそは、ただ一気に快楽の頂上へと猪突猛進するのではなく、その快楽をこそ己が自身の意思に依って、どの様にしたら自由自在にコントロールをし、辛さに耐え忍ぶことができるのかという、その一点にこそ、今や必死になって集中し続ける留四郎だったのだ。

そして、片やこの道のプロフェッサーとも言える当主・由蔵こそは、『オトコ同士の性戯』の超熟練者でもあり、しかもその一見、冷静そうな、そう、それはまるで、かつての大学の講義室での教授が、その教えを請う学生であった留四郎の授業態度を、しっかと観察しているかのようでもあったのだ。

そして更に言ってみれば、それは如何に巧みに、その教授自身の言わんとしている事を、未熟者であるその学生達に十二分に理解させ得るかという状況とまったく同様ともいえるものだったのだ。

あれから数十年の年月を経ても、なお、その節の当主・由蔵の行動は、まだまだ未熟な留四郎に理解させ、手取り足とり身を持って指導し誘導してくれているに相違ないのだ。

で、その時、ふと、当主・由蔵へのその様な有り難くも感謝の念に堪えない思いを抱いた、我が留四郎だったのだ。

それはまさに、年齢相応というか、いや、それを遥かに超越し凌駕したものだったのだ。

これこそは、多くの場数をこなして来たであろう当主・由蔵ならではの、そのあらんばかりの性戯の数々をこそ、粛々と繰り出し続けるその偉大さに、つくづく畏敬の念をさえ抱かせられざるを得なかった、それはこの道のまだまだ未熟者の留四郎ではあったのだ。

つづく

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( 志朗さんの了解を得て(ゲイの老け専出会い)「お爺さんの玉袋」に掲載されたものを転載させて頂いています。)

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