(志朗のエロエロ物語(4))留四郎の春(その25~27) By志朗


留四郎の春(その25)

当主・由蔵にとっては、それはまあ、一種の焦らしのテクニックと申しましょうか。 二人が出来得る限りの性戯を通じて堅く、そしてねっとりまったりと繋がり捲って暮らしたいという、切なる願望が常にその意識の根底に潜んでいたからに他ならなかったからなのでした。

それは端的に申しますと、毎日の二人の交合を通して当主・由蔵は、この道ではまだまだ駆け出したばかりで、ほんの「ねんね」の留四郎という、それはウブで素朴な己がその愛しいオトコが、相方である自分自身に対して、今、精いっぱいその「セックステクニック」の数々を身につけさせ、伝授させようという狙いを込めていたのでした。

それが故にこの際、いろいろと実践の場を頻繁に提供することにより、二人が終生ガッチリと蕩け合うペアーとなるべく、当主・由蔵のそれは遠大なる計らいが其処にはあったからに相違なかったので御座います。

ま、そう言った観点からも、当主・由蔵は己がその太棹を、一気に留四郎のアナルおマンコへと挿入することは、意図的に控えめにしていたので御座います。

ただ単に、己がそのいきり立ったそのイチモツを、性欲を満たさんが為に、その今や法的な息子でもあるわが留四郎のそのケツおマンコへと挿入・ 結合するだけと言うのは、誰に言わせたって簡単至極で安易なので御座いましょう。

しかし、その様な行動こそは、表現を変えてみると、空腹だからといって本能の求めに従って、ただガツガツと胃袋に食物を詰め込むなら、まさにそれこそは、犬猫など動物となんら変わらぬ行為に他ならないからだったからなので御座います。

また、翻って人類においてでも、太古のむかしの縄文・弥生時代などでは、或いは本能むき出しの、平たく申せば人類に於けるセックス行為はそれ自体が、成り行き任せの一種動物的な欲望にのみ左右されていたのかも知れません。

さて、立体69スタイルでの他の定点カメラが捉えた画像は、この時既に、当主・由蔵の口おマンコの愛撫の矛先は、もう留四郎のチンポから離れていたのだった。

実は、既に当主・由蔵の口おマンコは、先程からそれは懸命に、留四郎のチンポではなくって、左臀部辺りを、頻りに舐めナメしていたでは御座いませんか!

そして更には、当主・由蔵が狙いを定めていたのは、そう、今や紛れも無く我が留四郎のアナルオマンコに他ならなかったので御座います。

で、先ずは両の手を、愛しい留四郎のアナルオマンコを中心にして大きく広げるや、じっくりまったりと如何にも愛しげに眺めやる当主・由蔵なのだったのだ。

こうして次第に、その留四郎のアナルオマンコの更にその秘口へと、次第に己が口マンコを急接近させる当主・由蔵でもあったのだ。

そして、ここからは、はやる心を抑えるように静め、ちょっとだけ己がその右の親指でそっとその秘口の辺りをタッチして、その反応を静かに読み取ろうとする当主・由蔵なのでした。

それでも更に慎重の上にも慎重を期して、留四郎のアナルオマンコの発情具合を、その己が親指でチェックを繰り返す当主・由蔵なのだったのだ。

で、この親子程の年齢差のある恋人同士の愛欲三昧は、これからもまだまだ延々とその濃密なるシーンが繰り広げられるのでした。

さて、ここまで当主・由蔵の左乳首を吸いまくり、更には丹念におシャブリし捲っていた留四郎が、ここでやにわに、その身を起こすや、今度は当主・
由蔵に覆い被さる様にして膝を曲げたまま跨り、一気にその身を起こしたのでした。

そして、己がそのアナルおマンコの入口辺りに、丁度、当主・由蔵の今や超勃起状態になってヒクヒクと蠢いているその太棹チンポの先端が、巧く咬み合うべく照準を合わせるのでした。

その為に留四郎は、その体位をいろいろと調節し始めたのでした。

しかし、それはそうは簡単にはいかなかったので御座います。

そのうまくいかない大きな要因の一つは、留四郎の目的とする当主・由蔵との下半身の肉体的結合と、上半身の結合とを、同時に行なおうとしていた点に、そもそもの無理があったと言うことでもあったので御座いましょう。

よく言われる、「二兎を追うものは、一兎も得られず」とか申しますが、まさにこのシティュエーションの留四郎の行動は、この格言にズバリ当て嵌まる行為とも言えるので御座いましょう。

我らがオトコ同士の愛欲三昧の際に最も好まれるのは、例えば、絡み合う二人の上半身と下半身が同時に繋がり合う体位の、所謂『座位』にて互いが抱き合うというものが御座いましょう。

しかし、まだまだこの道に迷い込んで間もない未熟な我が留四郎ゆえ、とっさの判断もままならないのは、万止むを得なかったので御座いました。
つづく

 

留四郎の春(その26)

しかし、これは明らかに、当主・由蔵の計らいによる、いわゆるセックス体位の誘導に、他ならなかったのかも知れない、とも思われる節があるので御座います。

で、これこそは永年に渡っての当主・由蔵のセックステクニックの一旦を、垣間見せる程のモノだったのに相違ないのでございます。

当主・由蔵にとっては、それはまあ、一種の焦らしのテクニックと申しましょうか。 二人が出来得る限りの性戯をとうして堅く、そしてねっとりまったりと繋がり捲って暮らしたいという、切なる願望が常にその意識の根底に潜んでいたからに他ならなかったからなのでした。

それは端的に申しますと、毎日の二人の交合を通して当主・由蔵は、この道では駆け出したばかりで、ほんの「ねんね」の留四郎という相方に対して、今、精いっぱいその「セックステクニック」の数々を身につけさせ、伝授させようという狙いを込めていたのでした。

それ故この際、いろいろと実践の場を頻繁に提供することにより、二人が終生ガッチリと蕩け合うペアーとなるべく、当主・由蔵の遠大なる計らいが其処にあったに相違ないので御座います。

で、そう言った観点からも、当主・由蔵は己がその太棹を、一気に留四郎のアナルおマンコへと挿入することは、意図的に控えめに誘導していたので御座います。

結合するのは至って簡単至極なのは、誰に言わせたって至極当然なので御座いましょう。

しかし、その様な行動こそは、表現を変えてみると、空腹だからといって本能の求めに従って、ただガツガツと胃袋に食物を詰め込むなら、まさにそれこそは、犬猫など動物となんら変わらぬ行為に他ならないからで御座いましょう。

また、翻って人類においてでも、太古のむかしの縄文・弥生時代などでは、或いは本能むき出しの、平たく申せばセックス行為はそれ自体が、成り行き任せの一種動物的な欲望にのみ左右されていたのかも知れません。

さて、ここで、現実の世界での当主・由蔵と、今やその最愛の相方との愛欲三昧のお話に戻ろう。

こうして、今まで自身の超勃起チンポの上に覆い被さる様に跨っていた留四郎を、ごく自然にその体位を移行させるべく、留四郎のやや元気を失くしかかっているそのイチモツを、如何にも愛おしげに軽く握りながら、そっとリードした当主・由蔵なので御座います。

そしてこのあと当主・由蔵は、それまで己がカラダの上に覆い被さっていた留四郎の全身を、一旦外させるや、すぐさま今度は、留四郎のやや萎えかかったチンポをしっかと握りながら、その身を起こそうとした当主・由蔵なのでした。

で、ここから少しずつ、愛しい留四郎の半萎えチンポを、背後からそれは優しく、ほんとに優しくモミモミしながら、少しでもはやく若者本来の生きのいい、あの何時もの留四郎本来の超勃起状態のチンポへと復元するのを願っていた当主・由蔵なのでございます。

その如何にも慈愛の籠った眼差しで、実の我が息子にも決して劣らぬ思いやりの深い表情と共に、その半萎えチンポを改めてニギニギする当主・由蔵だったのでした。

で、その優しい願いを込めた思いが通じたかの様に、今度は、留四郎自身の左手がそぉ~っと伸びてきて、己がチンポのカリ根元付近にピタっとあてがったではございませんか!

その有様を見た途端、その留四郎の半立ちチンポを半ば奪う様にして今度は、当主・由蔵がその愛する留四郎のチンポのカリの辺りに、そっと唇をよせたでは御座いませんか!

そして、ますます萎えかかりが進行しつつあった、その愛しい留四郎のイチモツを、それは優しくも懸命に、おシャブリを繰り返し続ける、当主・由蔵なのでございました。

それはオトコ同士の愛欲三昧の域を遥かに超越した、愛しい我が子を思いやるそれは切なくも麗しい、昨今の健気な当主・由蔵のすべてでもあったので御座います。

つづく

留四郎の春(その27)

さて、いったん萎えかかった留四郎のチンポは、舐めても吸っても一向にその硬度を増す気配さえ感じられなかったので御座います。

で、ここで一瞬、当主・由蔵は、なにか留四郎の肉体に異変が起こったのかも知れないとも思ったのだった。

それは、若いとは言え、連日連夜の余りのセックス三昧に明け暮れるようになった昨今の結果、その肉体的な消耗が余りにも激し過ぎたのかも知れないとまで、心配した当主・由蔵なのでした。

そこで、そう言った連日連夜に及ぶ二人のセックス三昧の生活を、暫らくは差し控える必要もあるのかもとまで、このときふと思い至った当主・由蔵でもあったのだった。

たしかに若さと言う点に於いては、当主・由蔵などは敵う筈もなかったのは至極当然のことでもあったのだが、それでも、若いとは言え、まだまだ学業のある留四郎のことを考えると、これ程の激しい愛欲三昧が如何にその精神的・肉体的な消耗をもたらすのかとも、一瞬考えてしまった当主・由蔵でもあったのだった。

己の欲望を満たさんが為、将来の我が家の後継者たる留四郎の身に、何らかの障害が発生するなどとは絶対に回避させなければならないとも、昨今ではついつい、いろいろと思い巡らす当主・由蔵でもあったのだ。

そこで、当主・由蔵としても、知り合った当時の留四郎の肉体を無暗矢鱈と捏ねくり廻したりするのではなく、ある程度のスタンスを取ると言うか、表現を変えると留四郎の肉体の消耗を極限まで奪い取るのではなく、本人の意思に極力沿う様なセックスを心がける事にしようと、これは心密かに決めてはいたのだったのだ。

こうして、無理やり留四郎の肉体を滅多やたらと弄くり廻すのではなく、できるだけ本人自身の意思に依るセックスを主眼とする事に徹しようと、心する当主・由蔵の昨今の姿でもあったのだ。

ま、こういった二人のセックス三昧の生活が、もう、かれこれ数ヶ月になるにつれ、二人の性格や行動が少しずつではあるのだが、互いに理解出来る様になってきたのだった。

思い起こせば、二人が雇用者と被雇用者として出会った後の、当初のセックスはとてもじゃないが、それこそ無我夢中のありさまだったし、特に留四郎は対女性とのセックスは元より、オトコ同士のゲイとしてのセックス自体が初体験でもあったのだ。

それが今では、なんの躊躇する事も無くごく日常茶飯事の如く、こうして朝な夕なに二人が睦み合うということなど、誰が想像できただろう。

で、先程から、当主・由蔵はその腕を留四郎の玉袋の下にそっと忍ばせ揉み揉みしていたのだった。そして留四郎はと言えば、己が左手でそのやや萎えかけのチンポをニギニギし出すと、その二つの刺激の相乗効果で、あっという間に元気いっぱいのはち切れそうなチンポへと膨張したではありませんか!

その有様をじっくりと身を捩じらせるようにして、如何にも満足げに、そして愛おしげに眺めやる当主・由蔵だったので御座います。

そしてこの時、その余りの愛おしさに当主・由蔵は、ついつい留四郎の乳首に吸い付いて、チュウチュツっとその愛の証拠のキスマークが付く程にまで、何時までも吸い付き放しにしていたので御座います。

当主・由蔵が留四郎の乳首を吸い捲くって善がらせてくれるや、その感謝の気持ちを込めて、留四郎はその当主・由蔵の額にこれまたキッスの御礼の嵐でお返しするのだった。

そうこうして居るうちに、ア~ら不思議、留四郎の萎えかけていたそれまでのチンポが、今や急速にリカバリして、これこそ若者の元気溌剌たる「イチモツ」そのものの姿に甦ったではありませんか!

勿論、その際にも、当主・由蔵の効き腕が、愛しい我が留四郎の玉袋を、下からそっと、如何にも愛しげに支えていたので御座います。
つづく
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( 志朗さんの了解を得て(ゲイの老け専出会い)「お爺さんの玉袋」に掲載されたものを転載させて頂いています。)

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